池田湖イッシー王国は、鹿児島県指宿市に位置する廃ドライブインである。
昭和47年から、昭和50年頃の開業と言われている。池田湖に生息するとされるUMA※1「イッシー」のブームに肖り営業していた。
池田湖龍神伝説

薩摩半島南東部に位置する池田湖は、青々とした水を湛えるカルデラ湖で、九州最大の湖として知られている。「薩摩富士」と称される雄大な開聞岳を望み、湖畔には四季折々の花々が咲き乱れ、訪れた人々を楽しませている。
古くから「神の御池」と呼ばれていた池田湖には、龍神伝説が存在する。江戸時代後期に薩摩藩が編纂した「三国名勝図会」という文書には、農夫が湖畔で眠っていた龍神を斬りつけてしまい、祟りを受けたという話が記されている。

徒の伝説と思われていた池田湖のUMAの存在。全国的に一躍有名となったのは、とある目撃事件がきっかけであった。
昭和53年9月3日18時頃、湖岸で遊んでいた子供たちが、湖面に浮かぶ二つの瘤状の物体を発見した。子供たちが、法事のため自宅に集まっていた家族や親戚に先程の出来事を知らせると、外へ飛び出した総勢20人以上が瘤状の物体が湖面を進み水中へ沈んでいく姿を目撃し、大騒ぎとなった。目撃されたUMAは首長竜のような姿をしているとされ、ネス湖のネッシーに因んでイッシーと名付けられた。
目撃事件を機に、指宿観光協会は「イッシー対策特別委員会」を設置。カメラで湖面を24時間監視し、イッシーの写真を撮影した人物に賞金を提供すると発表した。同年12月16日、イッシーらしき生物の姿が写真に収められ、撮影した男性に10万円が贈呈されている。

目撃情報が暫く途絶え、イッシーブームが落ち着き始めた平成2年、イッシーの姿が初めてビデオカメラに収められた。翌年の平成3年、イッシーの姿が再びビデオカメラに収められ、映像がテレビで放映されると、湖畔には連日多くの人々が詰めかけ、イッシーブームは瞬く間に再燃した。
しかし、平成5年に姿が撮影されて以来、イッシーの目撃情報は殆ど無くなってしまった。平成19年、四つの瘤状の物体が湖面で目撃されたのを最後に、目撃情報は現在まで途絶えている。
ブームの終焉

呆気なくイッシーブームは終焉を迎え、イッシー王国を訪れる観光客は激減。平成11年頃に閉業したと言われている。
夏場は深い藪に覆われるため、絶好の不法投棄スポットと化している。

店内も不法投棄だらけで、足の踏み場も無い。

歓迎ムード漂うテレビに「お邪魔します」と声を掛ける。

昼時だが、余りの荒廃ぶりに食欲が失せてしまった。

先程まで雨が降っていたお陰で、心地良い水の滴る音が響いている。

傾いた避難口誘導灯の先には、色鮮やかなグラフィティ。
天井の穴から差し込む光が、美しく朽ちた空間を演出している。

大鰻の群棲地として有名な池田湖。水槽には大鰻が展示されていたようだ。

中2階には、聞き慣れないハブの飼育場。ハブの決闘ショーが行われ、人気を博していたという。

ハブ飼育場は非常に暗い。野生化したハブが、襲い掛かってきそうな雰囲気である。

宴会場へと続く外階段は崩壊している。

この部屋は、乗務員や添乗員の控室として使用されていたようだ。奥には、畳張りの仮眠室のような部屋もあった。
イッシーブームに翻弄され、荒れ果てた湖畔の廃墟。イッシーが発見されるその日まで、そっとしておこう。
廃墟評価
| 廃墟退廃美 | C |
| 到達難易度 | C |
| 廃墟残留物 | A |
| 崩壊危険度 | A |
| 廃墟化年数 | B |
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脚注
※1^ 「Unidentified Mysterious Animal」の略称で、未確認動物を意味する和製英語。