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大川小学校本之牟礼分校

大川小学校本之牟礼ほんのむれ分校は、鹿児島県阿久根市あくねしに位置する廃校である。

細く曲がりくねった山道を走り、本之牟礼分校を目指す。幾多いくたの廃校を踏破とうはしたであれば、然程さほど難しい道とは感じないはずだ。

無人と化した集落

閉校記念碑

到着して、ず目に入る閉校記念碑。差し込む木漏こもれ日が美しい。

沿革碑

苔生こけむした沿革碑は判読しづらい。

大正3年1914「西目尋常じんじょう小学校本之牟礼分校」として開校。変遷へんせんて「大川小学校本之牟礼分校」となり、昭和51年1976に閉校となった。

大川小学校本之牟礼分校

平屋建ての校舎と、校庭にそびえる栴檀せんだんの木。

外観と雰囲気に関しては文句の付けようがない。

ブランコ

寂寥感せきりょうかんが漂う、揺れることのないブランコ。

本之牟礼分校が位置する集落は、集団移転によってすでに無人と化している。

ジャングルジム

校庭のすぐ側を流れる小川のせせらぎが心地良い。

足高蜘蛛の巣窟

壊れた扉から校舎内へ。床の造りはしっかりしている。

閉校後は陶芸家の方が校舎を借り、工房けん住居として使用していたという。

下駄箱

下駄箱に残る当時の名札。数少ない当時の貴重な面影おもかげである。

表札

「第二研修室」と書かれた小学校では見掛けないふだ。閉校後に持ち込まれたものだろうか。

黒板をがしたような跡がある。

校舎内は足高蜘蛛あしだかぐもが非常に多い。耳をますと、カサカサと足高蜘蛛のうごめく音が聞こえてくる。

蜘蛛が大の苦手な私にとっては、地獄のような環境である。

黒板

廃校の黒板にしては珍しく、落書きが一切されていない。

陶芸家の方が使用していた椅子だろうか。堂々としたたたずまいだ。

行事予定表

わずかに「予定表」の文字が見える。行事予定を書き込むことは出来ない。

レコード盤

ほこりかぶったレコード盤。脳内で、あいみょんの「君はロックを聴かない」が流れ始めた。

曲に出てくる「埃まみれドーナツ盤には あの日の夢が踊る」という歌詞の一節。

歌詞通りのシチュエーションに、思わず鳥肌が立った。

テレビ

無造作むぞうさに置かれた古いブラウン管テレビに、どこか懐かしさを感じてしまう。

当時の残留物は少ないが、私は大満足である。足高蜘蛛の多さには目をつぶっておこう。

廃墟評価

廃墟退廃美A
到達難易度A
廃墟残留物C
崩壊危険度C
廃墟化年数A

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