永らく陸の孤島であった西彼杵半島の振興と、開発を目的に架けられた西海橋は、当時固定アーチ橋としては世界で三番目の長さを誇り「東洋一のアーチ橋」と称された。
西海橋から針尾瀬戸※1の急潮が作り出す渦潮を眼下に望むと、小さな廃墟が見える。嘗て併設されていた遊園地と共に、賑わいを見せていた西海橋水族舘である。
遊園地と水族館

昭和33年「西海橋ビューロッジ」として開業。昭和63年に閉業となった。
閉業後に遊園地は解体され、跡地にはコラソンホテルが建てられた。理由は定かではないが、西海橋水族舘だけが解体されずに残っている。

西海橋水族舘は、以前テレビ番組に取り上げられたことがあり、全国的に知名度の高い廃墟である。
長崎県で、初めてイルカショーを開催した水族館としても知られている。

掠れ行く「西海橋水族舘」の文字のように、当時の賑わいは忘れ去られようとしている。

館内へ足を踏み入れると、小さな水槽が目に入る。
現代の一般的な水族館をイメージしていると、拍子抜けしてしまうだろう。

これも水槽だろうか。何が飼育されていたのか、想像も付かない。

魚類は短命であると勝手に思い込んでいたが、寿命は意外と長い。中々勉強になる。

非常に細長い水槽。水槽というよりは生け簀のようだ。
光り輝く水槽

奥へ進んで行くと、漸く私のイメージする一般的な水槽が現れた。
光が入らないため非常に暗い。何故か一つだけ水槽が光り輝いている。

壊れた壁から入り込んだ光が、朽ちた水槽を明るく照らしている。
水槽内に映り込んだ影が、まるで魚が泳いでいるかのように揺らめいている。

2階へ。多くの水槽が並んでいるが、どれもガラスが叩き割られている。

何かが飛び出してきたような割れ方の水槽がある。
得体の知れない謎の生物が、館内を徘徊しているかもしれない。

外へ出て奥へ進むと、西海橋水族舘と嘗ての遊園地を結んでいたモノレールが残っている。

行く手を阻む木々が、閉園からの時の経過を物語る。

半開きの扉から中を覗いてみる。ベンチのような座席があるが、非常に窮屈な印象を受ける。

再び、西海橋水族舘へ戻ってきた。老朽化が進み、この歩道を通行出来なくなる日も近い。
寄せては返す穏やかな波が、徐々に西海橋水族舘を削り取っていく。その潮騒は、まるで倒壊へのカウントダウンのようであった。
廃墟評価
| 廃墟退廃美 | B |
| 到達難易度 | B |
| 廃墟残留物 | C |
| 崩壊危険度 | B |
| 廃墟化年数 | B |
廃墟評価の詳細はこちら。
脚注
※1^ 針尾島と西彼杵半島間の海峡。伊ノ浦瀬戸とも呼ばれる。