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金藤小学校

金藤かなふじ小学校は、愛媛県四国中央市に位置する廃校である。

校名の「金藤」については「かなふじ」と「かねとう」の二ふた通りの読み方が存在するが、正確な読み方は不明である。昭和43年1968出版のサトウハチロー※1の詩集「あすは君たちのもの」では「かなふじ」と振り仮名が振られているため、当サイトでは「かなふじ」の読み方を採用する。

詩を贈られた廃校

金藤小学校

校舎は銅山川どうざんがわ沿いの斜面に建てられているが、夏でもアクセスは比較的容易よういである。

現在は校舎へ続く橋が架けられているが、当時はまだ橋が無かった。通学する児童たちは川へ石を投げ込み、それらを橋代わりに渡河とかしていたが、大雨の度たびに手製の橋は流されてしまっていた。

この逸話いつわをテレビで知ったサトウハチローは感銘かんめいを受け、昭和42年1967に「このくりかえしこそ大切なんだ」という詩を金藤小学校へ贈っている。

廊下

金藤小学校は、大正5年1916「寺内小学校金藤分教場」として創立。昭和48年1973に閉校となった。

奇くしくも同年11月13日、心臓発作によりサトウハチローは70年の生涯に幕を下ろした。

校舎の至る所で床が抜けているが、問題はそこではない。

迫り来る天井が、今にも廊下を押し潰してしまいそうだ。

教室

身の危険を感じ、一旦教室へ。もし大地震が発生すれば一溜ひとたまりもない。

土へ還かえろうとしているこの教室は、私にとって心休まるセーブポイントである。

屋内と屋外の境界が曖昧あいまいになりつつある。

朽ち果てた校舎に残された時間は、そう長くはないだろう。

撮影をし忘れていたが、校舎から程近い場所に「このくりかえしこそ大切なんだ」の詩碑しひが建立こんりゅうされている。再訪が叶えば、一目見ておきたい。

仮令たとえ校舎が倒壊しようとも、詩碑に刻まれた諦めずに挑戦する精神は、この地に残り続けるのである。

廃墟評価

廃墟退廃美A
到達難易度B
廃墟残留物C
崩壊危険度S
廃墟化年数A

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脚注

※1^ 日本の詩人、作詞家、作家。代表作は「うれしいひなまつり」「ちいさい秋みつけた」など。

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